多重人格

状況によって有効性の高い人格と言うものがある。専門性の高い問題を解決する場合は非友好的で論理的な性格が有効だろうし、管理者の場合は友好的で細かい事を気にしない性格が必要になる。

これらの状況に対してハイパフォーマンスを発揮するために状況に応じて人格を入れ替える事は可能なんだろうか。ちょっとSF的な感じになるかもしれないが、多重人格を人工的に構成して、状況に応じて適切な人格を呼び出す事ができればいいなと、ここ数年延々と考えている。これが出来ればエンジニア的な専門殿高い仕事と同時に営業のような前線での仕事も出来る。

多重人格と言うものが、存在すれば、それをシミュレートする事は可能かもしれない。だが単一の脳に複数の人格を存在させる事ができるのだろうか、出来るとすればそのコストはどれくらいなんだろうか。そもそも単一の人格とはなんだろうか。テンションの高い時の自分と落ち込んでる自分、これは別人格なのだろうか。

リアルを知るために多重人格者の人とあってどんな感じなのか話してみたい。

日常会話の中に混ざりこんだ悪意。目に見えない人種差別「マイクロ・アグレッション」

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52149171.html

と言う記事を読んだ。周りの人に対する何気ない一言が人種差別になるというもの。中には「米臭い」と言われたとか、あからさまな差別発言もあるけど、「君は中国人だよね?」とかは差別発言にあたるのか?「“これ、読める?”彼は携帯で日本語をわたしに見せてこう訊いた。」なんかは発言者自体が差別主義者な気がするんだけが


とにかく、ここに書かれている事を気にしたら国外ではやっていけないだろうな。こういった事を気にする繊細さよりも、たとえ「ジャップ」と差別的な発言をされても言い返すぐらいの強さが必要になると思う。

自分の境遇

自分はひきるぐらいだからどちらかと言えば、人間関係において損をし易いタイプだ。働き始めてからを振り返ってうまく行っていた期間は3割ぐらいだろう。そういう人生を歩んで来たためか、元来の怠け癖なのか、最近きづいた事がある。自分はある程度追い込まれないとやる気にならないし、他人から馬鹿にされたほうが褒められるよるやる気が出る。

ずいぶんひねくれてしまったな。

最近やる気がしない

最近何もやる気がしない。
今の仕事は数年は、長ければ数十年は安全だし、このまま働いて、贅沢しなければ昔の日本の高度経済成長の時代のいわゆるありふれた「普通」の暮らしは多分できるだろう。
正直もうこのままでいいんじゃないか、と言う惰性の気分が蔓延している。今自分の関心は元々自分が持っている「社会に関する興味」のみであり、仕事で必要なネットワークのスキルはもう適当に勉強してだらだら学習して定年間際でうまく行けば下級のマネージャーぐらいになれればいいんじゃないかとか考えたりして、既にやる気のない状況である。

こういった状況に陥った原因としては大体2つぐらい考えられる。一つは旗印が消えたと言う事、自分は高卒ニートのexneetさんの戦略をパクって成長して来た。何も考えずとも大体これぐらいは行けると言う思いがあったからがむしゃらに走って来れた。もう一つは先ほども言った倦怠感、元々興味の強い分野でもなかったし、金になると言う事で選んだ分野であるネットワークでそれなりの状況にいる。もうこれ以上頑張る必要も無いんじゃないか。と言う思いもある。フリーター時代の追い込まれた感覚がなくなってしまった。

今の職場には技術の好きで延々とやっている人たちがいる、それでもその人たちは1.5流で1流ではないのだがその人たちにも自分のスキルは及ばない。同僚たちを追い越し、もう一段階上ったところでさらにそこですごい奴らとやり合っていく。そういう気力と興味が無い。

自分はデータサイエンティストか若しくは金融系に進むべきだったと思う。IT技術につぎ込んだ時間を惜しんで、そして新分野に飛込ことを恐れて中途半端な戦略をとってしまった。社会のひずみを見つけて株で儲けたいし、社会の構造がどうなっているのか知りたい。

自分の内面はこの数年でいくぶんか成長したと思う。変に他人に認められたいと思うことも無くなったし、ヤバい状況でも前より落ち着いて行動できるようになった。もう少し積極的にプロアクティブに動けるようにはなりたいが、日本にいたときよりはましになった。

しかし技術的な進歩はほとんどない。英語の能力もあまり上がっていないしネットワークのスキルもあがっていない。この数年のダラダラとした雰囲気を続けてしまうとあっという間に年だけを取ってしまうだろう。

しかし、、、やる気が出ない。

男はリスクをとらねばならない

男と女の違いは色々あるだろうが最も違うところは男はリスクテーカーである方が色々な局面で有利であると言うこと、それに対して女はリスクをさけなければいけない場面が多い(ように男の自分からは見える)
男は断られる恐怖と言うリスクをとって女性にアタックしなければパートナーに巡り会える可能性は少ないし、多くの女に告白しても結婚していなければそれほど問題にはならない。一人旅をしていても教われる危険性は女に比べて少ない。それに対して女の場合はふしだらな女と言うイメージがつくし、ちょっと危険なところを一人旅でもすればレイプや最悪強姦殺人の被害に遭う事もある。

よく見られる問題はそういった男女間の状況の違いを考えずに母親が息子に教育をするときだ。ある一定の時期を過ぎても母親からはなれられない息子(もしくは息子からはなれられない母親)は何らかの思想的な間違いを起こしやすくなる。幼少期ならともかく思春期を過ぎての母親から息子に対する教育はいろいろと難しい、女ではうまくいく場合の考え方が男ではうまくいかない場合があるからだ。

母親が犯しやすい最もありがちなミスは「〜は危険だから」と息子の行動を制限すること。これを言い聞かされて育った息子は基本的に臆病でリスクをとれず自分では何もできない駄目息子になる。女性に告白もできず、人に恥をかかされることを恐れ、プライドを傷つけられることを恐れ、外出することもできなくなり、無気力な人間に育つ。女からすれば、そんな野蛮な事と思うような事であっても、男の子にとっては重要な事だったりする。結局、息子の成長に父親が関わっていくしかない。もちろん男女間の差異を理解できるような聡明な女であれば別だが、基本的に男女間の差異を理解するのは相当難しいであろう。これは娘のケースにも言えると思う。この場合は母親が教育に関わるしかない。
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