日本の生産性

日本の生産性は低いと言われている。G7中で常に最下位に近いか最下位である。OECD内の比較でも1990年代を除き20位前後を行き来している。

「日本はなぜ生産性が低いのか?」を考える際に切り離して考えれないのが儒教文化である。儒教の及ぼす影響、及び特徴を考えずには日本の生産性の低さを考える事は出来ない。

儒教は春秋戦国時代に孔子によって発明されるが、諸侯に相手にもされずに、中国を統一した秦に迫害を受ける。秦が直ぐに滅亡し劉邦が項羽を下し漢が中国を統一すると、間もなく漢の宮廷内で儒教が勢力を付けて来る。中国を統一し北方の不安はあるものの国内の政治が安定して来ると実践的な法家・兵家思想より仁義礼智信を重んじる形式的な儒教の方が統治者によっては好ましいわけである。戦乱期には生産性のない役に立たない儒教であるが、安定期には国内を安定させるための強力なツールとなるわけである。

日本でも徳川家康が戦国時代を治めた後に強力な統治ツールとして利用し江戸時代に興隆を誇った。それが日本独自に発展を遂げ現在も続いているわけである。

具体的な儒教システムの解析に移ろう。例えば欧米文化圏にない儒教の特徴として「先輩・後輩」システム等が揚げられる。通常部活でも会社でも一年違えば先輩の言う事には正面を切って異論を唱える事は難しい。これを行う場合異端者として組織的に見せしめにする事がある程度許される事も少なくない。その他に「手書き履歴書」「靴下は黒」等形式を重んじる特徴があるが儒教システムの一番特筆すべき点は「先輩・後輩」システムであると言える。

それを踏まえて、組織内で問題が発生した時の解決方法について具体的な例で考えてみよう。グループには30歳主任、35歳平、23歳平社員が居るとする。
A。欧米文化圏の会社場合
1。問題が発生した。
2。皆で解決方法について考える。
3。35歳平社員が過去に経験した事例なので解決策を提案
4。問題解決

B。日本の会社の場合
1。問題が発生した。
2。35歳平社員は過去に経験した事あるが、年下の主任だし、提案しづらいから黙秘。
3。23歳平社員が意見を出したいが年齢的に言いにくいから黙秘。
4。30歳主任は良く分からないが適当に実施してみる。
5。結局うまく行かずに問題が大きくなる。
6。これ以上問題が大きくなると困るので35歳平社員が動き出す。
7。問題解決

と言うように日本の会社は人間関係が複雑なため余計なオーバーヘッドが発生している事が多い。特にホワイトカラーの場合ビジネス上の問題解決だけではなくヒューマンリレーションシップ上の問題にも欧米社会に比べて注ぐ必要があるため余計なオーバーヘッドが生じ、生産性が著しく低下しているのである。欧米では問題の原因を指摘した社員は評価されるが、日本の会社では問題の原因の指摘と人間関係の維持の平均評価である。

現在、日本の儒教システムは限界に来ている、何故なら、儒教システムは激しい外敵を前提としておらず鎖国時代の江戸幕府やある程度安定した中国王朝等、周りに敵がいない状態で国内を安定させる目的で作られているからだ。冷戦構造の去った混乱する国際社会には日本社会は根幹から対応出来ていないのである。


恐らく現代において欧米に東アジアが圧倒されているのも儒教システムを利用し徹底的に序列化する事で安定政策をとってきたつけであると思われる。一神教によって社会の安定化を計った欧米文化圏に比べ、ミクロ単位の組織でのオーバーヘッドはいかに大きかったかは想像に難くない。それが数千年続いたのだ。世界の覇権が欧米に移って当然だ。

地政学的な変化と遺跡の関係

色々旅行をしていて気付いたのだが、かつて地政学的に重要拠点であった場所が、技術的な進歩・新行路の開拓により重要性が変化するとその都市は大きな遺跡になりやすい。

中国のシルクロードの重要拠点だった敦煌。黒海と地中海、ヨーロッパとアジアを結ぶ拠点にあったトロイ。東南アジアの中心地であったシェムリアップ。これらはかつて地政学上重要な拠点でありながら現在はその重要性を失った都市だ。

まず敦煌であるが、中国の立体地図を見れば分ると思うが西にはチベット高原があり、西南はジャングル地帯である、北には騎馬民族がおり、西洋と貿易をするには、海路を伝って行くか、北西の敦煌のあたりを抜けて行く必要があった。しかしシルクロードの衰退により、敦煌も衰退の道を辿った。

次にホメロスの叙事詩にも登場するトロイであるがここはイスタンブールとともに黒海と地中海、ヨーロッパとアジアを結ぶ拠点であり、この領域は多くの商船が行き来し、トロイはその通行で潤った。トロイ戦争の原因は通商をめぐる利害関係の衝突であるとも言われている。

最後にカンボジアの片隅にあるシェムリアップであるが当時はシェムリアップはカンボジアの中心であった、つまりカンボジア人(クメール人)はタイの大部分及びベトナムの一部を治めていた。然しながら中国人に押されたタイ人ベトナム人が双方から侵略して来るとその大部分を失ってしまい。遂に首都をプノンペンに移すはめになる。そしてシェムリアップの重要性も低下したのである。


トロイは現在もある程度重要であると思う。他の2都市は観光都市としては重要である事には違いない。
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