好きな戦国武将

自分は小さい頃から歴史好きである。
小学生の頃から歴史漫画を読んだり、信長の野望をやったりしていた。小さい頃は有名な織田信長、武田信玄、上杉謙信が好きだったが年を取ってからは好きな武将は変わった。自分が好きな武将を3人あげるとすると以下の3人だ。


第3位、長宗我部盛親
四国の勇、長宗我部元親の4男である。元親の寵愛を受けた信親が九州の戸次川の戦いで戦死すると、信親の血脈を残したい元親は2人の兄が居るにも関わらず、信親の娘と盛親を結婚させて当主に指名する。この時盛親の当主就任に反対した家臣は粛正されている。
1599年に元親が死亡した後、関ヶ原の戦いが起る。盛親は最初東軍に参加する予定であったが、西軍に密使をとらえられやむなく西軍に参加する。戦後、家康に弁解しようとするが兄を殺した事を咎められて改易させられる。

ここからが盛親の本領発揮である。彼は長宗我部家復興のためにひたすら頑張る。京都で寺子屋の師匠をしながら、時がくるのを待ち、大坂冬の陣にも参加し、夏の陣では大阪八尾・若江の戦いで藤堂高虎隊相手に善戦している。
大阪城落城後は豊臣方の武将が討死、自害するなかとっとと逃げ出す。これは卑怯者ではないかと言う批判があるかもしれないが彼の目的は徳川家康を殺す事であった。自分が死んでしまってはそれが出来ない。生きて居ればそのチャンスが来るかもしれない。盛親の本領はとことん諦めない事であった。盛親はガッツの武将なのである。
盛親がとらえられた時、自決しなかった事を咎められると命があれば家康を殺す事も出来ると発言している。

長宗我部家の没落の原因を作った本人とも言われているが、前当主の元親が関ヶ原前年の1599年に死亡し、後継者問題に絡む粛正を経ての当主就任である事を考えるとこれは元親の非であると考えられる。関ヶ原直前に前当主が死に時勢を把握するだけの能力を長宗我部家全体が欠いていたのだろう。また歴戦の藤堂高虎隊相手に善戦している事から必ずしも無能ではないようだ。


天下分け目の関ヶ原で適当に西軍に参加してしまうかと思ったら、その後諦めずにお家再興にトコトン尽くしたり。適当さとガッツを持っている所が親近感がわく武将だ。盛親から学ぶ所はそのガッツである。生きて虜囚の辱めを受けようとも最後まで諦めない。ガッツをトコトン持っている男なのである。

Comments

Secret

Profile

neetstar

Author:neetstar
楽をするための方法を
常に考えてます。
詳しいプロフィールは
こちら
このサイトは自分の個人的な記録メモです。

Latest journals
Latest comments
Latest trackbacks
Monthly archive
Category
Search form
Display RSS link.
Link
Friend request form

Want to be friends with this user.