日本におけるコミュニケーション能力って?

■■■日本におけるコミュニケーション能力って何?
コミュニケーション能力が大切だと言われて久しい。一時期の事を思えばそれ程うるさくならなくなったものの未だにコミュニケーション能力を問われる事が多い。それではコミュニケーション能力とは何だろうか?人とうまく意思伝達する能力だろうか?また、国によって違いはあるのだろうか?

例えば以下の状況を考えてほしい。会社で残業を終えてかえろうとしているとき、先輩(上司ではない)も遅くまで残業で残っていた、日頃仕事で困った事があるときよく助けてくれるので自分がジュースを買いにいくついでに先輩の分も買って「お前に上げるわ。日頃助けてくれるからな。」と言って差し入れた。

世話になっている先輩に対してジュースを差し入れるのは良いとして、日本語においては言葉を選ぶ必要が出てくる。先輩に対してこういった口の聞き方をする人間はさすがにいないだろうが、日本語は言葉の使い方によっても印象がだいぶかわってくる。こういう場合英語だと「I will give you this,Because you always help me.」で特に問題はないだろう。日本語においては通常の状況判断の他に言葉を正確に選択しなければ適切なコミュニケーションをとれない。

また、引きこもりの中には嫌いな人が多いだろうが会社で行われる飲み会等も特定の国においては、特にいやなら参加する必要はないし、プレッシャーもかからない。日本におけるコミュニケーションというのは他の国と共通部門はあるもののどちらかと言えば儒教に基づいた儀式的なものがある程度割合を占めている。


つまり

日本のコミュニケーション能力=コミュニケーション能力+儒教儀式

となる。

■■■コミュニケーションの仕事に閉める割合
仮に、ネットワーク技術者が海外で働く場合と、日本で働く場合の必要な技術取得のシミュレーションをしてみよう。

「日本での労働」
ネットワークの知識・・・300時間、CCNP相当
コミュニケーション能力・・・不明。
儒教儀式能力・・・不明。

「海外で働く場合」
ネットワークの知識・・・300時間、CCNP相当
コミュニケーション能力・・・不明。
英語力・・・1000時間。TOEIC730相当。

通信の基礎ネットワークの知識は300時間あれば誰でもだいたい取得できる。また英語が何とかはなせる
基準であるTOEIC730も時間をかければ何とかなる。偏差値50の(言語才能のない、英語に関しては偏差値40ぐらいだった自分でも取得できた。)

しかしコミュニケーション能力は人による、教科書もないからどう勉強すれば良いかもわからない。じゃあどの道駄目じゃないか!と思う人もいるかもしれない。しかし実際コミュニケーション能力なんてものはそんなに高いものは必要とされない。よっぽどめちゃくちゃ嫌われる事をしなければ何とかなるのである。「いや?何とかなっていないぞ。」と言う反論があるだろう。きちんとやっているのに全然うまくいかない。コミュニケーション能力に問題があるからだ。と思う人もいると思う。しかしそれは実際問題をおこしているのは日本で働く上で必須な儒教儀式能力である。「場の空気を乱す。」「飲み会に参加しない。」「スーツ必須。」「携帯でメモを取ってはいけない。」「エレベーターを降りるときは順番が決まっている。」「会社では一年違えば先輩。」等こう言っためんどくさい事は儒教儀式能力である。海外にいって店員の適当さを見てほしい、仕事中に携帯しまくる奴、彼氏と長話してキスをしてから対応する奴、日本ではやっていけそうもない奴が普通にいる。


■■■まとめ
海外で働く場合は英語力が必要だが、日本で働く場合は儒教儀式力が必要になる。
英語力は馬鹿でも1000時間で取得可能。
宗教儀式力は学習方法が確立していないので不明、10時間で身に付く人もいれば1000時間かかる人もいるし、変な自己啓発本にはまって鬱になる人もいる。
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